安室奈美恵さんが引退を発表してから約2ヶ月後の2017年11月23日(木・祝)。

 

NHKの特集番組で「安室奈美恵 告白」という番組が夜10時から放送されました。

 

この番組は、普段はテレビで多くを語らない安室奈美恵さんが、紅白歌合戦などの貴重な過去の映像を見ながら、当時はどのような思いでいたのか、そして「今の想い」はどうなのかを赤裸々に語るという番組。

 

小さな頃から憧れの存在だった安室奈美恵さんが、2018年9月16日をもって引退するとニュースで発表された時、噂が先走って出た情報だろうと思っていました。

 

でも、公式サイトにて引退は「長年思い、決意したこと」だと安室奈美恵さんの言葉で改めて知り、その「引退」ですら、安室奈美恵さんの生き方らしいなと思え、受け入れるまでに時間はかかりませんでした。

 

安室奈美恵さんが引退発表をしてから、テレビでは引退の理由をあれだこれだと予想して、憶測でいろいろな事が語られてきましたが、正直、私は

 

「安室ちゃんが決めた事なんだから周りは静かに見守ってよ!」

 

という思いが強く、引退がらみの安室奈美恵さんに関するニュースや番組は、見ていませんでした。

 

そんな中、NHKの特集番組「安室奈美恵 告白」が放送される事を知り、見たいと思う反面、引退へ向かう安室奈美恵さんを応援する気持ちが揺らいでしまいそうで、結局、見ない事にしました。

 

ところが、私が安室奈美恵さんのファンだと知っている母が、この番組を録画していてくれて、数日後に

 

「安室ちゃん、すっごく綺麗だったから見てみな。本当に綺麗だから。」

 

と私に見せてくれました。

 

この番組での安室奈美恵さんは、キラキラしたオーラを放っていて、表情もやわらかくて優しくて、今まではどちらかといえば「かわいい」とか「かっこいい」という思いで安室奈美恵さんを見てきましたが、本当に綺麗でした。

 

もしまだ見ていない方がいらしたら、多くのリクエストにより、このNHKの特集番組「安室奈美恵 告白」が2018年1月8日(月・祝)、午前0時10分から再放送される事が決まりましたので、ぜひ、本当に綺麗な安室奈美恵さんを見て欲しいです。

 

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安室奈美恵さんと共に振り返ってみて思うこと(1)

NHK特集番組「安室奈美恵 告白」の中で、安室奈美恵さんは

 

「デビューしたらすぐに曲がヒットすると思っていた」

 

と語っており、なかなかヒット曲が出せないのは自分がメインボーカルだからだと思い、辞めさせてくれと社長に頼んでいたのだとか。

 

安室奈美恵さんが1992年に15歳でデビューしてから、ヒット曲が出せずに悩んでいた、というのはちょっと意外でした。

 

私の中では十分、SUPER MONKEY’S時代の曲はヒットしていたし、可愛いくて憧れの存在だったからです。

 

私が小学生の時、デビューして間も無くの安室奈美恵さんの歌をテレビでよく聞いていたし、テレビに出ている安室奈美恵さんも見ていたので、5枚目のシングル「TRY ME」でようやくヒットに恵まれたという事に驚きました。

 

ヒット曲じゃない?それでも私にとっては大好きな曲だった。

SUPER MONKEY’Sとして、1992年にデビュー曲「ミスターU.S.A.」が発売されましたが、このデビュー曲は「ロッテのシリアルアイス」のCM曲だったので、アイス好きな小学生の私は、よくこのCMを見て、サビの英語は適当なのに「U.S.A!」のところだけは元気に歌っていました。

 

そしてその後に発売された「ダンシング・ジャンク」という曲も、当時、私がよく見ていた番組「忍たまらん太郎」のエンディングテーマ曲だったので、いつも聞いていました。

むしろ、エンディングの歌を聴きたくて忍たまらん太郎を見ていた気がします。

 

ダンシング・ジャンクから間も無く、「愛してマスカット」が発売され、マスカットガムのCM曲になったのですが、CMを見てマスカットガムが好きになって、母におねだりして買ってもらい、CMが始まるとテレビの前で、母とサビの部分を歌ったりしていました。

 

安室奈美恵さんは「自分がメインボーカルだから売れないと思っていた」と振り返っていましたが、私は幼い中に大人っぽさを感じる安室奈美恵さんの顔、そして安室奈美恵さんの声だったから、CM曲にもアニメのエンディング曲にも惹かれていたのだと思います。

 

私が小学生の時代は、お小遣いでCDを買うという認識がほとんどなくて、小学校高学年から中学生になる頃にやっと、自分のお小遣いで買い始めていたので、安室奈美恵さんのデビュー当時のCDは「曲は好きだけど買えなかった」。

 

きっと、私みたいに安室奈美恵さんの曲は好きだけれど、お小遣いでCDまでは買えないとか、親に買ってもらうならおもちゃの方がいいと思う年齢層のファンが多かったから、曲を好きでも売り上げに貢献できなかったんだろうなと思いました。

 

1995年に発売された「TRY ME」は、オリコンにランクインした事で、耳にする機会も大幅に増え、私も中学生になっていたので、母と一緒によくカラオケで歌っていました。

 

この辺りから、以前の曲に比べるとグッと大人の女性の歌に近づいた感じがするので、幅広い世代、CDを買ってくれる世代に響く歌になったのかもしれないですね。

 

同じく1995年に発売された「太陽のシーズン」からは、SUPER MONKEY’Sという名前はなくなり、「安室奈美恵」単独になりましたが、この時もオリコンにランクインをしていたので、「安室奈美恵」が評価された気がして、恐れ多くも「良かったね!安室ちゃん!」と嬉しく思いました。

 

でも、単独になって安室奈美恵さんが評価される事によって、他のメンバーとの仲は大丈夫なんだろうか…安室ちゃんイジメられないかな…なんて、中学生ながら心配していたのを覚えています。

 

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テレビや映画で見る若き頃の「安室ちゃん」も大好きでした

NHK特集番組で、幼き頃にテレビ出演していた話は出なかったのですが、私が印象に残っている「テレビで見ていた安室ちゃん」について書きたいと思います。

 

天才・たけしの元気が出るテレビ

母の影響で、幼い頃の私は「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」という番組が好きで、母とゲラゲラ笑いながらよく見ていたのですが、この番組にまだSUPER MONKEY’Sとしてデビューしたて?の幼い安室ちゃんが、番組内で空手を披露しているのを見ました。

 

美少女でした。笑顔がとっても可愛いくて、当時、人前で笑う事が苦手だった私は、安室ちゃんを見て、こんな女の子になりたいと思っていました。

 

ポンキッキーズ

そして、私が小学校高学年の頃(1994年)、ポンキッキーズという朝の子供向け番組に、うさぎの格好をした安室奈美恵さんと鈴木蘭々さんが歌って踊るコーナーがあり、それが楽しみでいつも見ていました。

 

小さな頃、ポンキッキという番組が好きで見ていたのですが、小学生高学年の頃に、内容がガラリと変わって「ポンキッキーズ」になり、正直ショックだったのですが、とにかく安室ちゃんが可愛いくて、学校に行くギリギリまで見ていました。

 

私の記憶だと、この当時はどちらかといえばピンクうさぎの安室奈美恵さんよりも、灰色うさぎの鈴木蘭々さんの方が人気があって、私の周りもほぼ鈴木蘭々さんの方が好き!という人が多かったんです。

 

同じ歌って踊るでも、普段はカッコいいのに、うさぎの安室奈美恵さんはとても可愛いくて、そのギャップがたまりませんでした。

 

THE 夜もヒッパレ

週に1回、金曜日の夜だけ中学生の私が遅くまで起きる事を許してもらって見ていた番組、「THE 夜もヒッパレ」。

 

CDの売上や番組へのはがきリクエストなどの集計をもとに、邦楽トップ10を決め、ランクインされた曲をカラオケ形式で誰かが歌うという番組だったのですが、好きな歌もたくさん聴けて、それを歌うゲストもたくさんいて、毎回楽しみでドキドキしていました。

 

この番組に出ていた安室奈美恵さんももちろん歌うのですが、そのステージはズバ抜けて魅力的でした。

 

歌っていない時は、司会者の三宅裕司さんや中山秀征さんと面白おかしくやっているのに、ステージになると表情もオーラもキリッとなって、すごくプロ意識を感じました。

 

でも緊張のせいか、時々、音程を間違えて歌っている事があって、安室ちゃんもそれを気づいていて途中で恥ずかしそうに、はにかんだりして、「安室ちゃんでも間違いはあるんだなー」と勝手に親近感を覚えたり。

(文章の中で「安室奈美恵さん」とか「安室ちゃん」とかコロコロ変わって読みにくいですよね。ごめんなさい。)

 

最近、「シューイチ」で中山秀征さんが当時を振り返って、「安室ちゃんに歌ってもらうと月曜日の売り上げが変わるから、自社の曲を歌って欲しいとレコード会社の関係者から番組ディレクターに話があった」という事を話していましたが、それ、わかります。

 

それまでそんなに好きではなかった曲も、すごくカッコよく聞こえて、私も日曜日にCDをレンタルしに行ってました。笑

 

That’sカンニング! 史上最大の作戦?(映画)

私の周りの人にこの話をした時、「えっ?安室ちゃんって映画に出たっけ?」と言われる事が多かったのですが、公開日が私の誕生日で、母と映画館に観に行ったので、しっかり覚えています。

 

主演がTOKIOの山口達也さん、ヒロイン役が安室奈美恵さんで、今の時代だったらボツになるだろうなと思うような内容で、大学生たちが数々のカンニング方法を考え、カンニングしながら難しいテストに挑むという映画でした。

 

中学生ながらに「大学生がカンニングなんかしていいのかよ」なんて思って見ていましたが、ぎこちない演技の安室奈美恵さんが可愛くて可愛くて。

 

エンディング曲は、安室奈美恵さんの「SWEET 19 BLUES」で、映画が終わった後に「やっぱこの曲、いいよね〜。」という会話が聞こえたくらい、当時は支持されていた曲でした。

 

…が。私はそんなに好きではありませんでした。

 

この曲を歌う安室奈美恵さんは、テレビでもライブでも、いつも悲しそうな顔をして歌っていて、時には涙ぐんでいたからです。

 

歌詞と人生が重なって、歌うのが辛いのかな…と思って見ていたので、あまりこの歌を歌っている安室奈美恵さんは見ないようにしていました。

 

ただ、安室奈美恵さんが年齢を重ねて、ライブでこの曲を笑顔で歌うようになってからは、「SWEET 19 BLUES」という曲がやっと好きになりました。

 

小室ファミリー・アムラー時代は苦い「青春」

夜もヒッパレで、小室哲哉さんが手がけた曲を安室奈美恵さんが歌っていた事が、小室さんの目にとまり、小室さんプロデュースのもと、「Body Feels EXIT」が発売されました。

 

当時17歳の若き安室奈美恵さんは、ヒットを連発する小室さんの仕事が「プレッシャーだった」と、特番の中で振り返っています。

 

「他のアーティストがヒットしているのに、自分が売れなかったらどうしよう」と。

 

結局、安室奈美恵さんの心配とは裏腹に、続く「Chase the Chance」ではミリオンセラーを達成し、初めて紅白歌合戦に出場する事ができました。

 

その後もヒット曲連発で、安室奈美恵さんは小室ファミリーの中でも目立った存在になり、さらにはメイクやファッションを真似た「アムラーブーム」が巻き起こり…

 

茶髪にロングヘア、ミニスカートに厚底ブーツ、小麦肌に細眉、が定番のスタイル。

 

安室奈美恵さんを応援していた私にとっては喜ばしい事ではあったのですが、この頃は嫌な思い出が多いんです…。

 

家庭の事情で中学生時代、田舎の中学校に転校する事になったのですが、転校するまで私は「小室ファミリーの中では安室奈美恵さんとglobeのKEIKOさんが好き」「服装は似合わないとわかっていても、厚底ブーツにミニスカートが好き」というスタイルでいて、周りもそんな感じだったので特に違和感なく過ごしていました。

(中学生にはミニスカートと厚底ブーツを真似るのが精一杯でした)

 

安室奈美恵さんは当時のアムラーブームを「名前だけが独り歩きした感じ」と言っていましたが、そんな事はないです。

安室奈美恵さんを憧れの存在とし、近づきたいと思った人は、私を含め子供から大人までいました。

 

そんな「アムラーもどき」の私が転校してビックリ。

 

ただでさえ、転校生というだけで目立つのに、「小室ファミリーでは誰が好きか」の派閥に巻き込まれ、さらには服装で生意気だと先輩に目をつけられ…。

 

小室ファミリーってそれくらい規模が大きかったというか、「みんなが好きなアーティスト=小室ファミリー」みたいな雰囲気だった時があって、さらには「小室ファミリーの中の誰を好きか」でグループが出来ていたりして。

 

クラスにいたいじめっこのボスは「華原朋美さん派」で、「安室奈美恵さんとglobeのKEIKOさんが好き」と答えた私に対して、「はぁ?普通はともちゃん(華原朋美さん)だから!KEIKOはともかく、安室が好きなら仲間に入れないから。」と言って、私は本当に仲間はずれにされて。笑

 

当時は笑えませんでしたが、今考えるとくだらなすぎてウケますよね。笑

 

みんなボスには逆らえず、影で「私も安室ちゃん好きだよ。でもごめんね。」と言ってくれた子はいても、表向きはみんないじめられたくないから誰も口を聞いてくれなくて。

 

さらには学校が休みの日に私服でいるところを先輩に見られ、その場でミニスカートと厚底ブーツを生意気だと注意?され、他の先輩達にも目をつけられ、すれ違うたびに嫌味を言われたりしました。

 

それからは服装を改めるようにしましたが、自分が好きな服装を自由にできないってすごく不自由に感じたし、田舎の学校こそ、みんなおおらかで優しくて…なんて勝手に思っていたのですが、転校して初めてわかりました。

 

そうでもないんだなと。

 

結局、小室ファミリーブームもアムラーブームもある程度落ち着いてきた頃に、いじめも落ち着いてきたのですが、きっかけがあまりにもくだらなすぎると思って。

 

でもある意味、いじめを知らずに育った私に「この人達みたいな事は絶対にしちゃいけない」と改めて教えてもらえた気もして、授業が終わったらさっさと部活に行って気を紛らわせたりして過ごしてました。

 

クラス全員から無視されている間、私の楽しみは家に帰ってから安室奈美恵さんが出ていた番組を録画したビデオとglobeのライブビデオを見る事。

 

それで気持ちが救われつつも、また学校の事を思い出しては肩を落とし…暗い話ですみません。笑

 

本当に強烈でした。小室ファミリーブームとアムラーブーム。

 

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1997年の「結婚会見&妊娠発表」そして涙

今でも鮮明に覚えています。

trfのSAMさんと幸せそうに手をつないで、終始笑顔で結婚と妊娠を報道陣の前で報告している姿を。

 

おのろけ会見に見えた人も多かったようですが、本当に本当に幸せそうでした。

 

誰もが知っているであろう、「CAN YOU CELEBRATE?」が発売されて間も無くの事だったので、この曲はまさにリアルな安室ちゃんを歌った曲なのかと思ったくらい。

 

そして何より、安室奈美恵さんのトレードマークとも言えるロングヘアをバッサリとショートヘアにした事に衝撃を受けました。

 

顔の小ささが際立って、お腹に赤ちゃんがいるにも関わらず、今まで以上にスタイルが良く見えて…。

 

この年の紅白歌合戦で「CAN YOU CELEBRATE?」を披露した後、約1年間の育休に入り、翌年の紅白歌合戦でも「CAN YOU CELEBRATE?」を披露し、仕事復帰を果たした安室奈美恵さん。

 

人気絶頂期に妊娠、結婚、休暇。あまり例のない事ではありましたが、安室奈美恵さんは後ろめたい気持ちというものはなく、

 

「好きな人がいて、子どもを授かった嬉しさでいっぱいだった」

 

と振り返り、復帰した時の紅白歌合戦で涙を流している自分のVTRを見て、ティッシュで涙を拭うくらい、安室奈美恵さんは泣いていました。

 

育休中、全く歌っていなかった事で不安や緊張があり、それでも温かく迎えてもらえた事が嬉しくて、当時の安室奈美恵さんは泣いたそうなのですが、それを見て、改めて思うところがあったのだと思います。

 

「自分で自分を見て泣くって、ちょっとおかしくないですか」と笑顔を見せながら言っていましたが、おかしくなんかないです。

 

私も当時、紅白歌合戦で安室奈美恵さんの復帰をテレビに釘付けになって見ていて、安室奈美恵さんが涙し、途中で歌えなくなった時は一緒に泣き、今回のNHK特集番組で涙した安室奈美恵さんを見て涙しました。

 

やっぱり私は安室ちゃんが大好きです。

 

この番組では引退についても語っているのですが、安室奈美恵さんが涙を流したのはこの時だけで、引退について語る時はすごく輝かしい表情だったので、安室奈美恵さんにとっての「引退」は、決して悲しい事ではない、むしろ背負ってきた重荷をやっとおろせる時なのかなと感じました。

 

安室奈美恵さんと共に振り返ってみて思うこと(2)

安室奈美恵さんは、2000年に発売された沖縄サミットのテーマ曲「NEVER END」を最後に、小室さんのプロデュースから離れる事になり「自分で自分をプロデュース」する事に。

 

正解もなければ間違いもない道を手探りで探していたそうです。

 

そして2001年に発売された「Say the word」。

 

安室奈美恵さん自らが作詞していたから…という事もあるかもしれませんが、私はカラオケに行ったら絶対に歌うほど、この曲が大好きです。

 

今回の特番で初めて知りました。

この「Say the word」は「息子のために何ができるんだろう」という思いで作られていたんですね。

 

だからライブでいつも歌っていたんだなと改めて気づきました。きっと安室奈美恵さんの応援歌なんじゃないのかな…。

 

「Say the word」の後にも、「I WILL」や「Wishing On The Same Star」などを発売したものの、やはり小室ファミリー時代に比べると、CDの売り上げも落ち込み、コンサートの動員数も減ってしまったそうです。

 

安室奈美恵さんを追いかけている側からすると、小室さんから離れた後もCDは買っていたし、それほど変わらなく活躍していた気もしたのですが、当時の安室奈美恵さんはこれを受けて

 

「歌手の安室奈美恵というものがわからなくなった」

 

と言っており、一旦、「安室奈美恵」という名前を置いて活動する事を決めました。

 

それが「SUITE CHIC(スイート シーク)」です。

 

SUITE CHICとして、様々なアーティストとコラボしながら作り出す音楽によって、音楽を楽しむことを忘れていた事に気がついたそうです。

 

一時期、安室奈美恵さんの名前をあまり聞かなくなった時、歌番組などでも見かけることがなくなった時期がありましたよね。

 

その頃、よくネットには「安室奈美恵の時代は終わったんだ」など、悲観的な事が書いてありましたが、私はもし本当にそうだとしても、それまでに安室奈美恵さんが築き上げてきた「安室奈美恵の時代」がある事自体がすごい事じゃん!と思っていました。

 

そして、安室ちゃんは絶対にこれでは終わらないと信じていました。

 

私は正直、安室奈美恵さんがSUITE CHICとして活躍するという事は知らなかったのですが、2002年からauショップで働く事になり、機種やシステム、プランの事などを必死に勉強していた時、なんとauから発売されたA1013Kという京セラの機種のCM曲が、SUITE CHICのデビューシングル「Just Say So」だったんです。

 

このA1013Kという機種はとにかく人気があって、1日に販売される機種の6・7割がこの機種なんじゃないかと思うほど売れたので、CMもガンガン流れていて、CM曲を聴く機会がたくさんありました。

 

初めてこの曲を聴いた時、「あれっ?!この声、安室ちゃん?!」と思ったものの、昔とは違う切ない声と歌い方、曲調も今までにない感じだったのですが、この曲が好きでCDを買いました。

 

その後、翌年に発売された「WHEN POP HITS THE LAB」というSUITE CHICのアルバムも買ったのですが、とにかくカッコ良くていつも車の中でリピートしながら聴いていました。

 

2006年のライブを観に行った時に、SUITE CHICの「Without me」という曲と「Uh Uh,,,,,,」という曲を歌ってくれたのですが、それを聴いてさらにSUITE CHICの曲が好きになりました。

 

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最近、安室奈美恵さんが確か、NEWS zeroのインタビューで、「このアルバムが出来た時に、もう素晴らしすぎてこの気持ちをどうしたらいい?!」と思ったほど、自分を変えてくれた大切な1枚だと語っており、SUITE CHICでの活動や作品が、安室奈美恵さんに音楽の楽しさや、自分が好きな事を胸を張って堂々とやっていいんだ!と背中を押してくれたおかげで、安室奈美恵さんは次のステージへ行くことができたと言います。

 

 

安室奈美恵さんの活動は、MCのないライブコンサートがメインとなっていますが、テレビやコンサートでのMCは、「面白い事を言わなくちゃ」というプレッシャーから苦しくなってしまうので、コンサートの場で、生の安室奈美恵を見てもらって「こんな私で良ければ好きになってくれませんか?」というメッセージを伝えようと思うようになったからだそうです。

 

私の記憶に新しいところだと、「ワンナイ」という番組のゴリエちゃんとのからみで安室奈美恵さんが出ていたのですが、誰かがボケてみんながコケた時、安室ちゃんはオドオドしていて、ゴリさんに「奈美恵!こういう時はコケるの!」なんて言われながらコケるフリをしていて。

 

可愛いなぁと思って見ていましたが、安室奈美恵さんの胸中はプレッシャーだらけだったのかなと、今になって思いました。

 

安室奈美恵さんの「引退」を受けて思うこと

安室奈美恵さんは、始まりがあれば終わりがあるように、デビュー当時から「一生続けていく仕事ではない」と思っていたそうで、今回だけではなく、20代後半の相談できずに苦しかった時期や、デビュー20周年の時にも「引退」を考えた事があったそうです。

 

デビュー当時から引退を見据えるってなかなかできないですよね。

 

ましてや子供の頃にそんな事を考えられるって、ただただスゴイとしか言えません。

 

20代後半に引退を考えた時は、デビュー当時に掲げていた「絶対絶対、大きなコンサート会場で引退コンサートをする!」という目標を思い出し、「まだ目標を叶えてないじゃん!今はもがけばいいじゃん!」と自分を奮い立たせて、踏みとどまったそうです。

 

そしてデビュー20周年の時、引退を心に決めながらドームツアーを達成し、「すべてやり尽くした」安室奈美恵さんでしたが、辞められる環境にはなかったため、引退時期を25周年に再設定しました。

 

20周年のドームツアーですべてをやり尽くし、燃え尽きてしまった安室奈美恵さんは「あと5年、どうすればいいんだろう」と悩んだそうですが、そんな自分を見たらファンは悲しむだろうと考え、気持ちを奮い立たせ、

 

「まずは自分が今まで以上にワクワクしたりドキドキするにはどうしたらいいんだろう」

 

と考え、引退までの5年間はファンを楽しませる事に集中しようと決意したそうです。

 

ドームツアーが行われた時、私はなんとしても行きたくて、運良く東京ドームで開催されるコンサートのチケットが取れたので、宮城県からはるばる東京まで行ってきました。

 

とにかく最高でした。

 

小室ファミリー時代の曲もたくさんあって、しかも原キーで歌いながら踊って、見応えたっぷりで、やっぱり安室ちゃん最高だ!これからも応援するぞー!なんて舞い上がっていましたが、このドームツアーこそ、安室奈美恵さんの「引退決意の表れ」だったんですね。

 

その後、毎年のアルバムリリースを計画し、2016年から2017年にかけて、40都市100公演のホールツアーを実施。

 

「自身最多の100公演」としてニュースでもよく取り上げられていましたが、その時に

 

「ホールツアーということで、皆さんとより近い距離で楽しむ事ができた」

 

と言っていたのは、「引退までの5年間、ファンを楽しませる」という目標の1つだった事が今になってわかりました。

 

公演数が自身最多だったのも、「今まで応援してくれてありがとう」というお礼の気持ちを、1人でも多くのファンに会場で直接、伝えるためだったんですね。

 

引退の理由については「すごく色々ほんとにありすぎて深すぎて」とはっきりとした事は語られませんでしたが、安室奈美恵さんは引退まで、「自分らしく」「明るく前向きに」と語っていたように、安室奈美恵さんにとって、引退は決して後ろ向きなものではなく、前向きなもの、安室奈美恵さんにとってプラスの事なんだと感じました。

 

何より、キラキラ輝いた本当に綺麗な安室奈美恵さんがそれを物語っています。

 

「引退」よりも悲しいと思ったこと

安室奈美恵さんの引退が発表された時は、ショックでしたが、このタイミングでの引退すらも、安室奈美恵さんらしくてカッコいいなと思ったので、引退するまでの間も、引退してからも応援したいと思っています。

 

引退後に、ダンススクールとか開いてくれたらいいのになぁ☆なんて言ってみたり。

 

安室ちゃんにとって引退が前向きなものなら、私もそれを前向きのものとして捉える。

 

ただ、私にとって引退よりも悲しかった事が、引退発表後の「プライベートを無視したマスコミによる過度な取材」。

 

安室奈美恵さんが自身のホームページ上で

 

「一部マスコミの方で、私人である家族や、スタッフの自宅、職場などに過度な取材が連日続いております。マスコミの皆様どうかお願いです、家族、スタッフに対する過度な取材を止めていただけないでしょうか…」

 

という文章を綴ったのですが、これを見た時、本当に心から悲しくなりました。

 

マスコミの方もお仕事なので、過度になるのはわからなくもないのですが、安室ちゃんに「どうかお願いです。」なんて言わせて欲しくなかったです。

 

引退の理由は安室奈美恵さんが発表した時にあったように「長年、心に思っていたこと」。それでいいじゃないですかって言いたくなりました。

 

NHK特集番組で「母として」の安室奈美恵さんを知る事ができた

番組のタイトルが「告白」という事もあって、引退について語る事を期待していた人も多いと思いますが、私は「母としての安室奈美恵」、これを語ってくれて、知る事ができたのが嬉しかったです。

 

毎朝、たこさんウインナーとか、サッカーボールのおにぎりとか、子供のためにお弁当を作っていたのだとか。

 

「キャラ弁の時代じゃなくて本当に良かった」なんて胸をなでおろしていましたが、安室ちゃんが作ってくれるなら、ふりかけご飯でもいいです私。笑

 

安室奈美恵さんも子供さんも、それぞれの立場で大変な事があったと思います。

 

それでも、こうやって親子の絆を深めていったんでしょうね。

 

今では、間も無く20歳になる子供さんに「ウザい」と言われるほど、安室奈美恵さんの方が子離れできていないのだとか。

 

引退してからの人生は、活躍していた25年よりも長いので、大好きな子供さんと一緒に、今まで「歌手の安室奈美恵だからできなかった事」、「母としてもっと子供にしてあげたかった事」など、安室奈美恵さんが本当にしたかった事ができる人生であって欲しいです。

 

そして、安室奈美恵さんにとって引退が前向きなものであるなら、どんな形でも良いので、本当に幸せになって欲しい。

 

NHK特集番組「安室奈美恵 告白」は、これからの安室奈美恵さんを応援し、見守りたくなるような、そんな番組でした。

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