バスガイド仕事内容

高卒でバスガイドになった私がキツイ仕事内容と給料について語る

バスガイドさんっていろいろな所に行けるし、お客さんにチヤホヤされるし給料良さそうだしいいよね。

適当に案内してればいいんでしょ?もったいない。なんで辞めたの?

 

私

(元バスガイドの私)

バスガイドの仕事を甘くみるんじゃないよ。

お金貰ってて適当に案内なんてできるわけない。

精神病むくらい必死だったわ!!

 

私は高校生の頃、人前で話す事や人を楽しませる事が大好きで、バスガイドさんに憧れを持ち、高校を卒業後に仙台のバス会社に就職しました。

 

友人の言う通り、いろいろな所に行く事ができて楽しくて華やかでお給料も良くて適当に仕事ができるなら、きっと辞めずに今でもバスガイドの仕事をしていると思います。

 

でも現実は違っていて、肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまい、1年ちょっとでバスガイドの仕事から身を引きました。

私の気持ち
私の気持ち

ソフトボールを9年間続けてきて根性があると言われていた私ですが、たった1年で挫折しちゃいました…

 

バス会社や時代の流れによって、私がバスガイドだった時とは違うところもあると思いますが、就職するまでの経緯や仕事内容、給料面についてお話しします。

バスガイドの就職試験内容

進路相談の際、担任の先生にバスガイドになりたいと相談し、仙台のバス会社から学校に【指定校求人】として届いていた求人を紹介してもらい、就職試験を受けました。

 

就職試験は9月頃にバス会社で行われたのですが、試験内容は以下の通りでした。

【面接】
●なぜこの会社に入ろうと思ったのか?
●面接官の前でアカペラ披露(曲は自由)

【筆記】
●どんなバスガイドになりたいか?の作文400文字
●歴史(歴史上の人物がどんな事をしたかなど)

 

バスガイドだから歌の試験はあるだろうと予想はしていましたが、5人程いた面接官の前でアカペラ披露はさすがに緊張しました。

 

面接が終わった後、待合室で他校の人と何を歌ったのかという話になったのですが、校歌を歌った人もいればサザエさんを歌った人、童謡を歌った人、とにかくみんな自由でした。

私

トップバッターだった私は面接で倉木麻衣さんの「Stay by my side」を歌いました。

時代を感じますね。

 

 

歌の試験では上手い下手を見るのではなく、「人前で歌える度胸」を見られていたようです。

私

緊張のあまり面接官の前で歌えずに泣いてしまったという女の子もいました…。

 

私は歴史を覚えるのが大の苦手だったので、試験に歴史(例:生類憐みの令を作ったのは徳川の誰?のような問題)が出た時はもう終わった…と思いましたが、無事に合格できました。

私

就職試験から約1週間程で合否通知が学校に届き、担任の先生から報告を受けました。

 

後日わかった事なのですが、就職試験で

●歌の試験で泣いてしまった人
●痩せすぎて体に合う制服のサイズが会社になかった人(制服は5号〜だった)

この方々は残念ながら入社式にはいらっしゃらず、一緒にお仕事をする事はありませんでした。

私の気持ち
私の気持ち

痩せすぎて合う制服がないという理由での不合格は衝撃でした。

高校を卒業後すぐに寮生活

私が就職したバス会社は、入社後1年間は必ず寮生活が条件だったので、卒業後すぐに仙台での寮生活が始まり、しかも先輩ガイドさんと4畳半に2人での共同生活でした。

私の気持ち
私の気持ち

私の場合は、寮で1番怖いといわれている先輩と一緒の部屋だったので、ほぼ自由のない修行状態でした。

※寮に入って数ヶ月後には、先輩と同室ではなく同期2人での同室になり、それから気持ちはラクになりました。

 

寮には寮母さんと寮長がおり、さらには

●食事は各自の仕事に合わせて各自で用意する
●まるっきり仕事がなくてガイド仲間が寮に揃う時は、1年生2人ずつの当番制でご飯を作る
●洗濯は順番にする(しかも昔の洗濯板と二層式洗濯機で)
●お風呂は4人ずつ順番に入る
●持ち回りで掃除する
●1年間は外泊禁止
●外出時はノートに何時に寮を出て、何時に戻ってきたかを必ず記入しなければならず、記入し忘れ・もしくは連絡なしでの外出外泊があった場合は1ヶ月外出禁止(買い物もダメ)
●門限は夜8時

このようなルールがあり、今までの実家暮らしとは全く違う生活に戸惑いばかりで、ホームシックにもなりました。

私の気持ち
私の気持ち

自分達で食事も作って掃除もしていて、寮母さんはいつも寮母さんのお部屋にいたので、今思うと寮母さんって…(以下省略)。

 

バス会社から寮までは車で5分くらいの距離だったのですが、仕事でどんなに朝が早くても帰りが遅くなっても事務員さんが必ずマイクロバスで送迎をしてくれました。

バスガイドの研修内容と仕事内容

3月中旬から寮生活が始まり、4月上旬の入社式までの間は「社内研修」として

・バスガイドの心得
・制服の綺麗な着こなし方(リボン)
・お辞儀や手の差し示し方の練習
・発声練習
・早口言葉
・教本の読み合わせ
・歌の練習
・お客様の誘導の仕方
・発車する前の人数確認
・バス内の器具(マイクなど)の使い方
・バスのバック誘導の練習

などを学びました。

 

入社式が行われた後は、社内研修で学んだ基礎プラス、「初期研修」として実際に近場の観光名所にバスで行き、教本を見ながらどのポイントでどんなタイミングで案内するのかを、ベテランガイドさん(60代)に教えてもらいました。

 

教本には最低限の内容しか書いておらず、それだけ読み上げては「間」ができてしまうので、自分で旅行雑誌や歴史の本を購入して、話に肉付けをしなければなりません。

 

何より大変だったのは、話す内容・道順・どの場所で何が見えるかを「暗記すること」です。

私

私は話す事を箇条書きにしたメモをカンペにして案内していました。

 

初期研修中、ほぼ暗記もできていないまま、先輩ガイドと共に中学生の遠足のお仕事(大口)があり、緊張しすぎて前日は眠れず、当日は何をどう案内したのかほとんど覚えていません。

 

この4月中旬頃の中学校の遠足をきっかけに、初期研修で観光名所を回りながら勉強する機会が増え、5月下旬にはほぼ独り立ち状態でした。

 

その後、どんどん近場の観光地や修学旅行などのお仕事をする事になるのですが、仕事は内容や給料面を配慮した上で事務員さんが割り振りして、運転手さんとガイドのスケジュールをボードに記入し掲示してくれます。

私

出勤したら必ず事務所でスケジュールを確認するのですが、ひどい時には前日の夜に翌日の仕事を知る事もありました。

 

仕事を終えたらすぐ寮に戻って翌日の勉強ができればまだ良いのですが、仕事を終えて会社に戻ってきたら必ず運転手さんと1時間かけてのバス掃除があります。(運転手さんは外側・ガイドは内側)

私

夜10時に会社に着いて11時までバス掃除して、シフトを確認したら次の日に朝3時半起きの仕事が入っていたり…という事もありました。

 

ベテランクラスになって、ほとんどの場所で教本も見ずに案内できるようになれば、とても楽しい仕事だと思いますが、寮での縛られた生活の中で慣れない仕事をしながら勉強漬けの環境、ストレス、プレッシャー…

 

残念ながら楽しいと感じたのは案内なしの送迎だけの仕事と、幼稚園の遠足と、休みの日にガイド仲間と行くショッピングです。

待っている間は何をしているの?

よくお客様に聞かれていたのが

お客さんを待っている間、ガイドさん達は何をしているんですか?

例えば遠足やツアーなどのお仕事の場合など、行き帰りのバスの中以外では案内も誘導もいらない時があります。

 

そんな時、バスガイドはお客様が帰って来るまでバスの中で勉強をしたり掃除をしたり昼食をとったりして、ひたすら待っています。

 

しかも「バスガイドたるもの綺麗で憧れの存在であれ」という教えがあり、お客様にトイレに行く姿や食事する姿を見せないように指導されていました。

私

人がいない時にトイレに行ったり、バスの中で昼食をとる時はカーテンを閉めておにぎりやパンを食べていました。

 

何時間も待ってクタクタでも、お客様が帰って来る予定時間の15分前にはバスの外に出て笑顔でお出迎えをし、全員バスに乗ったかの人数確認をします。

休みはどれくらいあるの?休みの日は何をしてるの?

ガイドさんってどのくらいお休みあるんですか?

休みの日も勉強してるんですか?

研修期間や旅行シーズン(春・秋)の繁忙期は週1回ぐらいのペースでお休みがあり、忙しくない時期は週2で休みがあったり、午前中だけもしくは午後だけ「待機」という名の会社で勉強をする日もありました。

私

「待機」とは現場に行っているガイドさんが具合悪くなって交代せざるを得ない時や、急な仕事が入った時のために会社でスタンバイしている日の事です。

交代する事が滅多にないので、待機の日はほぼ勉強の日になります。

 

シフトに「午前待機」と書いてあると嬉しくて、待機が終わってから同期仲間とよくショッピングやカラオケに行ってストレス発散していました。

 

1日お休みの時は、寮生活でホームシックになっていたので早朝始発の電車で実家に帰り、門限の夜8時までに父が車で寮に送り届けてくれていました。

私の気持ち
私の気持ち

星空の綺麗な田舎での暮らしに慣れていたので、街の明かりや排気ガスで星空が見えない日々に悲しくなりました。

泊まりは運転手さんと一緒の部屋なの?

これはお客様というより友人に聞かれる事が多かったのですが

私

そんな訳ないじゃん!!笑

 

まぁ…もしかしたら別々に部屋をとってあっても、一緒の部屋で過ごす運転手さんとガイドさんがいるのかもしれませんが…

そもそも運転手やガイドを宿泊させる場合、会社側のお金がかかる事なので、泊まりの仕事自体が滅多にないんです。

 

よほど遠い場所での仕事だとか、次の日の出発時間が早すぎるなどの理由がない限りは基本、お客様を宿に降ろしたら会社まで戻って、翌朝また宿にお客様を迎えに行くパターンです。

 

小学校の修学旅行で福島県に行った時ですら泊まらず、会社(仙台)に戻って来て翌朝またお迎えに行きました。

 

1度だけ運転手さんと泊まりのお仕事をした事があり、部屋はもちろん別々だったので翌朝ロビーで合流したのですが、朝食のバイキングは一緒の席で食べた気がします…

バスガイドの給料は高いのか

ベテランになる前に退職してしまったので、入社1年目の給料基準なのですが…

私

ぶっちゃけ、独り立ちした時よりも研修期間の方がお給料は断然、良かったです!

 

研修期間中に長時間、会社にいた時間分と研修で観光地を巡った分もお給料がももらえて、年金や保険料以外にも、寮費として毎月15,000円引かれていたのですが、それでも手取りが12〜14万円ありました。

 

遠くに行くほど長い時間仕事をする程、給料が良くなるので、ほぼ独り立ちをして研修の機会が少なくなり、近場の観光や送迎のお仕事しかない時は手取りが6、7万円だった事もあります。

 

憧れの仕事をしながら、お給料がもらえる事に喜びを感じていましたが、徐々に仕事でのストレス量に対して割合が合っていないと感じるようになりました。

私

求人には基本給が12〜14万って書いてあった気がしたのですが…

大手のバス会社は働きやすい環境だと思っていた

結局、私は入社から1年ちょっとで

●ストレスで生理が止まらなくなった
●セクハラが原因で鬱状態に陥った
●ストレス量と給料があまりにも割に合わない

等々の理由で退職しましたが、同期の話だと翌年から給料の未払いが数ヶ月続いていたそうです。

 

憧れの職業だったので、しっかりとした教育を受けたい・できるならお給料面も安定していた方が良い、そう思って大手バス会社を選びました。

入社が決まった時、近所の方々から「天下の◯◯(バス会社)に受かったら安泰だ」、そう言われていましたが現状は厳しいものでした。

 

バスガイドになるの?

運転手さんからセクハラとか受けるんじゃないの?大丈夫なの?

と親や周りの人達、友人にも心配された事があったのですが入社前は

私

大丈夫大丈夫!

そういうのが嫌だから、名の知れた大手のバス会社を選んだんだもん。

そのへん、しっかりしてるって♫

と笑い飛ばしていましたが、私はこのセクハラによるストレスが1番の退職理由となりました。

 

バスガイドはどんな仕事なんだろう?と興味を持っていらっしゃる方には夢のない話で申し訳ないのですが、「名の知れた大手の会社だから安心」なんて事はないです。

むしろセクハラなんかは古き伝統として、正される事なく残っていたような気もします。

 

歳を重ねた今なら、当時のセクハラを冗談で交わせたのかもしれませんが10代の私にはキツイ仕事でしかありませんでした。

私

もちろん楽しい事や嬉しい事もいっぱいありました!

でも憧れていただけに、最終的には「ガイドさんって誰のためにいるのだろう?」とわからなくなり、退職しました。

 

ちなみに私の勤めていた大手バス会社(支店)は経営不振で倒産し、今はもうありませんが、キツイ時間と楽しい時間を共に過ごし乗り越えてきた同期のガイド仲間とは今でも繋がっています。

 

全てのバスガイドさん達が私のような待遇ではないはずで、お客様の言葉に励まされやりがいを感じる仕事でもあるのですが、ベテランクラスになるまで厳しい現実もある事を知って欲しいと思いました。

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